“Apocalypse When?”
1979年、ベトナム戦争を描いているというフランシス・F・コッポラ監督の『地獄の黙示録(Apocalypse Now)』公開を前に、アメリカのジャーナリズムは作品のタイトルをもじって、そう揶揄したといいます。撮影が難航しているのは周知の事実でした。ロケ地のフィリピンでは何10年に1度と言われる大型台風の襲来によってセットが流され、重要な役を演じるマーティン・シーンは瀕死の重病に倒れ、主演のマーロン・ブランドに至っては現地入りした際の肥満がはなはだしく、撮影プランを最初から練り直さなければならない事態に。アメリカ軍の協力が得られなかったので戦闘シーンに使用するヘリコプターはフィリピン軍から調達せざるを得ず、対ゲリラ戦のための実戦要請でその調達スケジュールもままならないありさま。コッポラは撮影が延びに延びたための、当時のお金で35億円にも上る追加の経費を自己資金で手当てせざるを得ませんでした。後にコッポラは「1979年の春が近づくにつれ、我々は、映画が長すぎること、あまりに変わっていること、そしてラストに映画を完結させる古典的な大きな戦闘シーンがないことが恐くてたまらなくなっていた。巨額の経済的打撃にも見舞われていた」と告白しています。冒頭に挙げた、「『地獄の黙示録』は、いったいいつになったら完成するんだ?」という、当時のジャーナリズムからの揶揄ももっともという状況だったのでしょう。
そのようにして監督自身が大いに悩み抜きながら完成に持ち込み、79年に公開された147分の劇場版『地獄の黙示録』は世界中で記録的な観客を動員するヒット作となり、『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーU』で名を馳せたコッポラ監督の面目躍如たるものがありました。
しかし後に、妻であるエレノア・コッポラによってまさに「地獄」の様相を呈していた撮影現場をリアルに描いた著作も発表され、この作品が並大抵の映画ではなかったことが明らかにされます。コッポラ監督自身、ある意味で観客の無言の要請にあらかじめ応えて編集し、いわゆる「戦争映画」に近い形で完成させた劇場版に対し、映画作家としての違和感を持ち続けていたのかもしれません。公開から20年以上が過ぎた後に、コッポラとそのスタッフがオリジナルの4時間を超えるラフ・カットから6か月をかけて編集し直し、劇場版ではカットした53分の未公開シーンを付け加えて2001年に完成させたのが、今回、洋画★シネフィル・イマジカがお送りする『地獄の黙示録 特別完全版』、いわばコッポラ監督によるディレクターズ・カットです。ここに至ってようやく、コッポラ監督がこの作品で当初に意図していた構想の全容が、私たちの前に姿を現しました。
復活したシーンの中でも大きな見せ場のひとつは、ウィラード大尉一行が川を遡行する途中で出会うフランス植民農園の場面です。ご存じの通り、この辺りはかつてフランスの植民地でした。そのフランス植民者たちの生き残りの一族がまだジャングルの奥地で生活を営んでいたという、夢幻的でありながら極めてリアルな設定です。一族の家長はウィラード大尉にこう言います。「私たちは、なぜここに留まっているか? それは、私たち家族を一つにまとめておくためだ。私たちは、私たちの土地を守るために戦っている。しかし、君たちアメリカ人は、大いなる幻想、実態のないもののために戦っているんだよ」と。これが1970年代に撮影された映画の台詞でしょうか? ここには、この『特別完成版』が公開された2001年以降のアメリカが陥っている事態、ベトナム戦争をも超えて湾岸戦争に至り、9.11を経てアフガン、イラク戦争の泥沼に陥っている21世紀初頭のアメリカの、そして世界の現在が丸ごと予感されていると言ったら言い過ぎでしょうか。
政治的状況への言及だけに止まりません。このフランス植民地での美しい未亡人ロクサンヌの誘惑、兵士たちに熱狂的に迎えられた慰問団のプレイ・メイトたちとの後日談は、そのような「地獄」にあってもしなやかに、かつしぶとく生き続けるエロティシズムが、戦争に明け暮れる男たちに与える力をも、この映画は生々しく描いています。
サーフィンに興じるため平和な村にナパーム弾を打ち込むアメリカ軍中佐から、忘れられた旧植民地に生きる未亡人のエピソードに至るまでの一切を経たあと、遡行する川の奥の奥のそのまた奥に、マーロン・ブランド扮するカーツ大佐が君臨する、皆さんもご存じの、あの国があるのです。『地獄の黙示録』とは、そのような映画だったのです。
「観客に本物のベトナムがなんであったかを感じてもらえればと思う」というコッポラ監督の言葉を改めて思いだしながら、さて、この長尺をごゆっくりご覧ください。
洋画★シネフィル・イマジカ 編成プロデューサー 市川陽
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