映画を観るときに、一番参考になるのはなんだろう。 監督や役者の名前だったり、ラブ・ストーリーやホラーなど、特定のジャンルだったり、あるいはタイトルやポスターで“ジャケ買い”もあるかもしれない。 たくさん映画を観ているとだんだん勘が冴えて来て、最初の数分で映画の色や匂いがわかってくる。気づかぬうちに、かつて観た作品と照合させているから。
「スノーケーキを君に/Snow Cake」は、空席の目立つダイナーでひとり読書をしている初老の男性アレックス(アラン・リックマン)のところに、「同席してもいい?」とパンク風の少女ビビアンが話しかけるシーンから始まる。彼女は何かから逃げているようにも見えるし、中年男を騙そうとしているようにも見える。「作家になりたい」と言うのもあまりにも適当すぎるし、どうやらヒッチハイクが目当てのようだ。
最初は怪訝そうにしていたアレックスがビビアンの人懐こさにほだされ始めた瞬間、ストーリーは思わぬ方向に転がり始める。アレックスの車に大型トレーラーが衝突し、ビビアンは即死してしまう。
そこから先は、人間の器の大きさの話だ。 それも、子供を失うという、ぬぐってもぬぐいきれない哀しみとの折り合いの付け方。 ビビアンの母親リンダ(シガニー・ウィーヴァー )は形見のおもちゃにばかり気を取られ、小さな街の住人たちは偽善の押し売りに忙しい。リンダの隣人マギー(キャリー=アン・モス)の落ちついた物言いに、ようやく安堵するアレックス。
アレックスによるビビアンや周辺の人々に対する考察は、映画の観客の目線となる。自閉症のリンダだけど、哀しみが軽減されるならそれも悪くないのかもと同情し、マギーのからりとしたリベラルさに、何かを諦めた女性の過去を想像する。アレックスがビビアンの死に執着する理由も、次第にわかってくる。
わかってくる? いや、わかってなんかいない。 アレックス同様、観客は目に見える情報だけでわかろうとしている。わかったふりをしていたに過ぎない。 この世から姿を消すことの意味が本当にわかっていたのはリンダだけだ。「オーガズムは雪を口にいっぱいつめた感じ」とリンダは言うけれど、両方経験していないとわかりようがないのと同じ。想像力の欠如、先入観の恐ろしさ。でも、それを責め立てるのが映画の主題ではない。
映画を観ることに慣れ、他人の気持ちを慮ることに慣れ、経験値だけが上がっていった人間は、真実を体で知ることを忘れてしまった。 この映画は、子供の頃当たり前に持っていた感覚を思い出させ、先入観やステレオタイプを疑わせる。鑑賞前と観賞後の感じ方の違いは、経験した者にしかわからない。
今度雪が降ったら、スノーケーキを食べてみるといいだろう。
平井伊都子(ひらい いつこ)
映画ライター。『CUT』誌の編集を経て、2年前よりNY在住。女性誌やカルチャー誌にインタビュー、映画のこと、街のことについて多数執筆。2008年も、アンジェリーナ・ジョリー、モーガン・フリーマン、トム・クルーズ、レオナルド・ディカプリオと 多くの”スター”にインタビュー。しかし、2008年最大の出来事は、オバマ大統領の誕生という、アメリカの歴史が変わった日を経験したこと。